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2015.1. 掲載
タイム・パラドックス
タイムマシンを発明した。僕とM子の二人だけで。
いろんな時代を調査したあと、タイム・パラドックスについて研究しようということになった。
「タイム・パラドックスと言えば、何と言っても『親殺しのパラドックス』が代表的だな。でも、これを実験するのは危険きわまりない。なにしろ、人を殺すわけだし、その結果自分が消滅するかもしれないんだから」
でもM子は、危険性のことよりも実験を成功させる方法について考えていたようだ。
「たいていのSFでは、親を殺したつもりが、実はその人は本当の親ではなかった、なんてオチになってるわ。そんな回りくどいことするより、本人を殺せばいいのよ。私自身が、例えば3日後の未来から戻ってきて、私を殺すの。殺されてしまえば、未来から戻ってきて殺人をすることもできない。ちゃんとパラドックスになってるわ。殺される側の私も、ちゃんとそのことを認識しているわけだから、人違い殺人も起きないし、罪もない親を殺すよりも気が咎めないし」
「だ、だ、だって・・・。殺されたら死んじゃうよ!」
「本当に死んじゃうかどうかを確かめるんじゃないの。私、タイムマシンが作れたら死んでもいいと、ずっと思ってたの。タイムパラドックスの究明のためなら、命をかける値打ちがあるわ。
決めたわ。今は午後2時30分。午後3時に、3日後の未来から私が帰ってきて、私を殺すの。あなたはちゃんと記録しておいてね。」
午後3時になったが何も起こらない。
「変ねえ。3日後までの間に、私の気が変わるってことはありえないのに」
「やっぱり、誰かが書いていたように、パラドックスを食い止めるための『自然の摂理』が働くのかな。」
「こうなったら、3日も待つ必要はないわ。今から10分前の世界に戻ればいいのよ」
彼女はタイムマシンに乗り込もうとした。僕はあわてて引き止めた。
「待て待て。よく考えて。10分前に未来から君が現れなかったのは観測済みだ。ということは今から戻れるはずはない。マシンが故障してどっかへ飛ばされるのが関の山だ。」
「だからそれを確認したいんじゃないの。離して!」
彼女は引き止める僕の腕の中でもがいた。
「どうして君は、そんなに自暴自棄になるんだ!」
「だって、もうやることがなくなったんだもの。生きてても面白くないわ。好きな人は研究しか頭にないし」
僕は一瞬硬直した。その隙に彼女は僕の腕をこじ開けてマシンに突進した。勢い余ってマシンに衝突し、マシンは転がって大破した。タイムマシンといっても電話ボックスを転用したちゃちな物だった。
「やっぱりこういうオチだったのね。マシンが壊れて戻れないなんて、ずいぶん安直な『自然の摂理』だわね」
「いや違う。」
僕は一呼吸入れ、精一杯のおごそかさを装って話しかけた。
「君はこれから幸せになり、二度と自分を殺しに行こうなんて思わなくなる。だから3時に現れなかったのさ」
というわけでぼくらは結婚した。しかし、子どもを作るかどうか、今悩んでいる。彼女の子どもなら、きっと未来から僕らを殺しに来るだろうから・・・